空豆
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戦豆の猿まわしの空豆コンビの空です。戦豆の猿まわしの代表です。初心を忘れないように猿まわしになったきっかけを書き記しておきたいと思います。

大人になることはないと言われていた幼少期

 記憶にあまりないですが、小さい頃は非常に体が弱く両親は20歳まで生きていないと思っていたと涙を流しながら笑いながら20歳の誕生日に言われました。

 確かに、小児喘息・アトピー性皮膚炎で全身包帯巻きだったり、5歳の時には交通事故で肋骨を3本折ったり(今も肋骨は曲がったままくっついています)と病院にいることの方が多かった幼少期でした。

 そのせいなのか、持って生まれた性格なのかわかりませんがお友達も少なく一人で過ごすことの方が多い子供でした。そして、ぼっちあるあるとでも言いましょうか御多分にもれず人づきあいが苦手で動物が好きでした。小学生の時は動物の飼育係をやり、卒業文集に将来の夢は動物園の飼育係と書いていました。

獣医を目指した高校生活?!

高校生にもなると、将来のことを考えるようになり始めました。もちろん動物に関わる仕事をしたいということには、ぶれることも変わることもなくいました。高校1年生の頃だったと思いますが、湾岸戦争があり、紛争地域で野生の鳥が傷つきそれをボランティアで治療にあたる獣医師がいらっしゃいました。

1991年度 シチズン・オブ・ザ・イヤー 受賞

湾岸戦争で原油汚染であえぐ野鳥を救うため、国を動かし現地で活動

馬場 国敏さん/1948(昭和23)

湾岸戦争によるペルシャ湾の原油汚染にあえぐ野鳥を救うため、現地行きを計画、環境庁を説得、自らもボランティアとして現地入り。
丸2か月間、小さな命を救う仕事に従事、500羽ほどを野生に帰す。


https://www.citizen.co.jp/coy/archive/1991_02.html

この馬場先生の活動を新聞で見て感動したのはもちろんなのですが、昔飼っていたペットの近所のかかりつけの獣医さんだったことにさらに驚き。この記事をきっかけに動物園の飼育係から獣医という職業にも興味を持ち始めた気がします。(馬場先生には、戦豆のお猿さんもお世話になりました。)

しかし都合よく簡単に獣医になれるわけでもなく、(大昔は、超の付く進学校だったらしいけど)当時は制服もない緩すぎる高校のせいで(?)たいして授業を受けなかったり勉強しなかった自分が獣医学科どころかどこの大学にも行けるほどの学力もなく卒業を迎えました。

動物の専門学校へ行ってみた。

日本動物植物専門学院

一浪して大学進学を目指すものの目的のない自分に学習意欲が湧くわけでもなくただただ親に迷惑をかけ(今は自覚ありますが、当時そんな気持ちはかけらもありません)無駄な時間を過ごした1年を経て、動物に関わる仕事がしたいという気持ちは変わらず、今は無きとある動物の専門学校へ入学しました。

似たり寄ったりの生い立ちの仲間(覚えてないけど、同期にはあのさかなくんもいたらしい。)が多い専門学校に入学。それなりに動物のこと業界のことを勉強して体験して、経験を積むという部分ではとても良い学校だったと思います。

動物園や牧場などで研修を行い、動物に関わって何がしたいのかどうなりたいのか考えさせられる時期でもありました。

わかったことは、俺なーんも考えていないってこと。獣医になりたいって思ったけど獣医って何するの?動物園の飼育係になりたいけど、何の動物が好きなの?その動物のことどれだけ知っているの?夢とか目標がものすごくふわふわしていることを今さらながら理解しました。

それでも時は流れ就職活動をしなくてはいけない時期になりました。目標も目的もないまま、就職活動でいただいた内定は4社ほど。動物園・観光牧場・実験動物の飼育管理・猿まわしと自慢するわけではないですが、よくもまぁこれだけ方向性の違う会社に内定をいただけたなと自分のことながら感心してしまいます。

ちなみに、動物園にはコネがあった。観光牧場は、研修で気に入られました。実験動物と猿まわしは、学校の求人から応募して面接を受けて、内定を頂きました。

これだけの内定を頂いて猿まわしの会社を選んだ理由は、猿まわしが一番面白そうだったからです。4社の中で一番初任給が高かった

猿まわしの会社の求人に応募した理由

 動物の学校には、動物業界の求人がたくさんきます。ペットショップ、動物病院、牧場、動物園いろいろあります。このたくさんの求人を見ながら、自問自答したのです。『自分は、何の動物が好きかな』と、牛や馬などの家畜は興味ない。ゾウやライオンなどの大型動物も違う。水族館は、眼中にありません。そして見つけた答えがお猿さんだったんです。

求人の中の一つに猿まわし劇場の新規オープンに伴うオープニングスタッフの募集ありました。猿の飼育員と猿の調教師の募集があり、自分が応募したのは猿の飼育係です。

1次面接を通過し、2次面接で社長と面接をしていただきました。お話をするなかで、調教師を勧められました。調教師の方が面白いぞ、給料も飼育係より高いぞと言われ、悩むこと約1分。

『調教師やります』 (本当は、何も考えずに答えています。)

結果は無事に内定を頂くことが出来まして、人生で一度も見たこともない猿まわしの世界へと足を踏み入れることとなりました。

現在の思い

生い立ちを振りかえり気づいたのですが、体の8割は『ちゃらんぽらん』で出来ています。その場しのぎの無計画人生です。しょうもないきっかけで始めた猿まわしも一度は挫折して、他業種へ転職を繰り返し、30過ぎて復職、さらに勢いだけで独立をしてなんとか10年たちました。

40歳を過ぎても現役の猿まわしを続けているんですから人生分からないもんですね。ですが、もちろん後悔などはしておりません。毎日、楽しく過ごしております。

<2019.4>

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